鮎釣り 名人【図解】

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村田 満  友釣り界の帝王

村田満

村田さんは決して天才ではありません。むしろ釣りに関しては鈍才の人ではないかと、失礼ながらわたしは思っています。現在でもそうですが、川へ通い、夜明けから日暮れまで川を駆け回り、とにかくアユを1尾、そしてまた1尾と掛けたり、またバラしたりすることで釣りのワザを、それこそ川原に小石を1個1個積み上げるようにして体得してきた人です。

それもこれも、アユ釣りを始めた年齢が遅かったからに他なりません。
多くの名手と呼ばれる釣り人たちは、生まれながら川に親しみ、たいていは小学低学年、遅くても中学生ぐらいからアユ釣りに手を始めています。夏休みの思い出といえば、川とアユしかないというような人がほとんどなのです。

ところが村川さんはどうか。『鮎釣り85’』にご本人が次のように書いています。

“   昭和40年、26歳でアユの友釣りを初体験する。”

1年めはフナ、ハエの食わせ釣りとまったく異種の釣り方をしなければならない友釣りに戸惑い、川へ行くたびにオトリをひき殺す。

そこで、入門書をひも解き、フナ、ハエはウキ釣り=目の釣り、アユはミャク釣り=手の釣り、であることを知った。

次の年、アユ=手釣りと知った効果はたちまち表われ、有田川の松原で2尾のアユを釣る。これがきっかけになり、2年めの昭和41年は13回釣行して計57尾、I回平均4尾であった。

手の釣り=ミャク釣りの基本であるサオ先のブレがなくなり、友釣りのコツは「オトリを川底に沈ますこと」を知る。

村田さんは、勉強が好きでした。いまでも、本は離しません。書棚には哲学書から経済書、古典やベストセラー加山と積まれています。それもそのはず、高校3年生のころは東大を目指して猛勉強をしていたそうですから。

「アユ釣りも勉強することで何とかなる」と思ったのに違いありません。1年めのシーズンオフには、アユ釣りの入門書を隅々まで読みつくして「アユは手の釣り」であるとを知識として頭に叩き込んだんです。2年目の夏にはさっそくその効果が表われて、I回平均4尾。

学んだら、次は徹底した実践です。村田満さんのすごいところは、ただ学ぶだけではなく、それを体に染み込ませるまで実践を徹底することです。つまり、体得するわけです。
アユ釣りが好きだからそれができるんです。『鮎釣り85』の文章を続いて引用しましょう。

どうにか友釣りの基礎がわかり、あちらこちらの河川を釣り歩くうちに5年がたつ。
  昭和46年、アユのつく石を知る。

 川底には石がゴロゴロしているが、釣れる石はコケとハミ跡で輝き、特に「黄金色の光沢の石」は最高のポイントであることを発見して、年間1000尾のアユを釣りあげる。1日平均も一気に27尾になりシーズン中は夢心地で足が地につかない感じであった。

こういう村田満さんという巨人の全体像を把握したうえで、次に、当時の村田さんが書いた「秘伝 ノンーナワトビ釣り」と題した、「引き釣り」「オツケ釣法」「流し目釣法」「力二横釣法」を、解説を交えつつ再録してみましょう。

20年前の釣り方にもかかわらず、いまなお輝きを失うどころか、むしろ逆に輝きを放ち、多くの友釣りマンの疑問を晴らしてくれる内容であることに驚かれるはずです。

「秘伝 ノンーナワトビ釣り」  アユ友釣り

友釣りは鮎の縄張り社会の成立によって始まる。

いったんナワバリの範囲が決まると、相撲のように敗者は土俵外へはじき出される。アユの社会は小型アユでも自分の土俵上(ナワバリ)では強く、ほかの土俵にのぼれば弱くなる。だから、アユを釣るためには、オトリをナワバリの中心点に沈めるのが要点である。

なぜなら、ナワバリを持ったアユが一番強い追撃行為を行なう箇所だからである。強烈な体当たりは、充分なハリ掛かりになることが多く、会心のアタリがでるわけだ。

しかし、ナワバリの中心点を攻めてもオトリを追わないときがある。特に、淵の見釣りではオトリの近くまで野アユが接近するものの、強く追わないことがよくある。

これまでは、オトリが弱っているのが原因と、私自身(村田氏)深く追求しなかったが、京都鮎映会の橋本良雄さんはズバリ、謎を説いてくれた。

「私の水中観察では、オトリがいくら弱っていても、野アユに追われるたびにジャンプして攻撃をかわしています。やはり、オトリも野アユに体当たりされたり、かぶりつかれたりすれば痛いからでしょう。オトリがヒョイトと尻を持ち上げて攻撃をかわす回避行動を、私たちはナワトビと呼んでいます。オトリがナワトビをするから、ハリが浮いてしまい、追いアユが掛からないのですよ……。

これを聞いたとたん、ハタとヒザを打った。

「なるほど、ナワトビだったのか」……全てが解明した。空追いの空振りは、オトリのナワトビ行為たった!!。

オトリを牛若丸、野アユを弁慶にたとえると、弁慶野アユの長いナギナタの強襲を、牛若丸オトリがヒラリ、ヒラリとジャンプしてかわしている……だから、ハリ掛かりしないのだ。

飛んで逃げるというが、オトリアユも底から浮いて逃げ回るので、友釣りは素掛けに比べてハリ掛かり率が悪いというわけです。最近は、逃げるオトリをチビ玉で止めるとか、サオ先で押さえ込むとかする高度なワザも出現してい圭すが、水深のあるトロや平瀬では、確かにこれは有効です。
当時の村田満さんは、この「ナワトビ」をするオトリにどのように対処したのか?
それが、「秘伝 ノンーナワトビ釣り」です。

秘伝 ノンーナワトビ釣り

秘伝 ノンーナワトビ釣り

【生年月日】昭和14年1月10日
【身長・体重】170cm、体重62kg
【職業】銭湯経営

余喜温泉

余喜温泉

【アユ釣り歴】40年
【友釣りデビュー(いつ、どこで)】昭和40年和歌山有田川松原
【現在のホームグラウンド】 日高川、有田川
【主なトーナメント戦歴】 報知、スポニチ、東レ、ダイワの各大会制覇。王座もオーシャン有田川大会も各2回勝っている。オーナーカップは2位が2回で優勝なし。2004年も3位であった。

【得意な釣り(方)】  瀬の引き釣り
【あなたにとってアユ釣りとは?】 空気やメシのように生きていくのに必要なもの

【アユ釣り以外の趣味】  ゼニ儲け(アユ釣り名人が人生の失敗者になるのはゼニがなくなるから。名人の成功者になるためには、慟かなくてはなりません。つまり、ゼニ儲けが上手になることです)

【著者に一言(鈴木さんつでどんな人?)】ゼニ儲けのうまい人(名経営者ということです)。

室田 正   スパイラル釣法 考案者

室田 正

室田正さんといえば、天下に轟く「スパイラル釣法」です。『鮎釣り85』にも、その釣り方の詳細が載っています。

当時は泳がせ釣りの全盛で、オトリアユにはできるだけ無理をさせるなという時代です。オトリの泳ぎに任せ、「野アユは、オトリに泳いでもらって連れてきてもらう」というオトリ任せの考え方が主流でした。

そこに敢然と斬り込んだのが、「オトリを水中で持ち上げてスパイラル(反転)させると、
アユはおもろいように掛かる」というのですから、アユ釣りファンは驚きました。驚いたというよりもそれは、新鮮に映ったといったほうが正しいでしょう。

室田さんは1949年1月生まれ。団塊世代の釣り人です。当時、36、37歳。戦後生まれのアユ釣りの名手として世に出た最初の人だと思います。京都生まれで舌も滑らか。先天的に人を惹きつけるスター性というか、華を持った釣り人でした。

生家は京都、上桂川の支流・細野川のほとり。小学校時代、「家の縁先からサオをだして魚を釣った覚えがある」と言っていましたから、子供のころからの釣りキチだったのです。この地区は、北山杉の銘木を産するところで、冬は山仕事、夏はアユ釣りという土地柄。というのも、京都の奥座敷に周山という所があり、杉の伐採に関わる人たちは、夏はここの料亭に卸すアユを釣っていたわけです。いわゆる、職漁師として一匹狼的な猛者連中が、上桂川や美山川を跋扈していたわけです。

こういう場所に育った彼は、中学時代に友釣りの面白さに目覚め、大人だちと釣果を競い、高校時代にはすでにいっぱしの名手として近隣の有名人たったようです。

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しかし「スパイラル釣法」は瞬く間に釣り人の心をとらえ、実際にアユが釣れました。
ナゼ釣れたのか?その秘密は、サオの操作でオトリを動かすことができたからです。 先に、スパイラルを目の前で見て、「元気オトリはスピードを上げ、弱いオトリは下流に泳いだ」と書きましたが、そこが肝心なところです。

オトリを後ろに引くことで、オトリに刺激を与え、オトリが再びスピードを上げて泳ぐことが大事だったんです。

当時のナイロンイト時代の「イトフケ泳がせ釣り」では、オトリが泳がなくなったらさらにイトフケを多く取るのが基本で、オトリを吊り上げるなどしたら、「乱暴な釣りだ」と一蹴されたものです。が、現在の金属ライン時代の泳がせは、イトは張らす緩めずで、才トリの元気がなくなったらオトリの鼻先を持ち上げて、嫌でも尻尾を振らせて泳がせます。

つまり室田さんの「スパイラル釣法」は、この「オトリを吊り上げて泳がせる」釣りに受け継がれたのではないでしょうか。そんなこととは、だれでも昔からやっていたという人も多いでしょう。しかし、これを「スパイラル釣法」として、広く一般に公開したことに大きな意義があると思います。

情報というのは、公開されて初めて世に出るわけです。その情報が、新しい考え方や技術を生み、より新しい世界へと時代が動いていくわけです。その意味で室田さんの「スパイラル釣法」は、友釣り界に新しい波を起こしたといえるでしょう。

それでは次に、当時の「スパイラル釣法」の記事を紹介しましょう。

スパイラル釣法  アユ友釣り

では具体的に、「スパイラル釣法」とはいかなる釣り方であり、オトリ操作法なのでしょうか?次に進んでみましょう。

スパイラル釣法は、立ち込んでいる場所よりも上流か、   立ち込んでいる前方が最も操作しやすい。サオは10m以上の長ザオに限る。
8・1mのサオでスパイラル操作は難しい。
アユは流れの上流に頭を向けて泳いでいる。
下流からオトリが野アユに近づき、野アユを追い越すとき、 怒って追い払おうとする特に、追い越したアユが、弧を描いて反転する姿勢を示すと、大変な脅威を感じるらしい。

下流から上流に少しずつ弧を連続させると、ラセン状の軌跡になる。つまり、スパイラルを描くわけだ。 オトリが動かなければ、野アユは振り向きもしない。

止まっていたオトリがスーツと野アユの横をすり抜けると、野アユは突然、我に返る。そこでオトリが逃げる素振りを見せると追うのだが、より追われやすい逃げ方をオトリにさせるには、どうしたらいいか……。

野アユにとって刺激的なオトリの。逃走゛というのは、 直線ではなくジグザグ走行プラスαのスパイラル走行 またはナナメ走行なのである。さらに、平面だけではなく上下も……。
昔ながらのサオを寝かせるアユ釣りでは考えられないことだが、サオを立てて泳がせることで、それは可能なのである。

これが、室田正のスパイラル釣法の勘所です。

伊藤 稔   極楽背バリ 開発者

伊藤 稔

東北から出現した最初の全国区名手が伊藤稔さんです。
今でこそ、東北もアユ釣り熱が盛んで、メジャー大会の地区予選はもちろん、秋田県・桧木内川のように、全国決勝大会も行なわれるほどになっていますが、1980年当時はまだ、アユ釣り後進国゛と見られていました。その暗黒の地から、彗星のごとく光の帯を曳いて現れたのが伊藤さんです。

1985年、五ヶ瀬川(大分県)で開催された「全日本アユ釣り王座決定戦」では、当時まだ現役だった永井茂さんをはじめ、全盛期の村田満さん、日の出の勢いの室田正さんや西角喜昭さんらに互角以上の勝負を挑み、優勝という栄冠を手にしました。

伊藤 稔といえば極楽背バリです、93年の『鮎釣り’93』で「伊藤式ごく楽背バリ・・初公開」として全国に発表し、たちまち一世を風靡する大ヒット仕掛けになりました。

ごく楽背バリの発見~ 「鮎読本」著:伊藤稔から~

私がごく楽背バリを使うようになったのは、91’年の6月からです。
きっかけは胴締め仕掛けでした。ある時、岐阜の林順二さんの勧めで胴締め仕掛けというものを試した私は正直いってビックリ仰天しました。

かなり弱ったオトリでもガンガン瀬にすんなり入ってしまう。そして、掛かるのです。
なぜ、潜るのか? その支点がちょうどルアーの潜行板と同じような理屈で、水圧が掛かるとオトリが自然に潜るよっになっている。

口から入った水がエラから排出しやすくなっていて、それが潜ったオトリの安定を図る等々…。私にはまだ解析できぬ原理も多々ありますが、とにかく、その潜りは尋常ではないのです。

ただ、潜りはいいが、泳がせ釣りは今一歩。ノーマルにはかなり劣り渇水時には不向き。また、仕掛けの装着にちょっと手間取るという欠点もこの仕掛けに感じざるをえませんでした。

しかし、そんな胴締め仕掛けをテストしているうちに「まてよ。これは・・」と、ある一つのことに行き当たりました。

それは、その支点ということです。考えてみれば胴締め仕掛けの支点は、後ろに倒したハナカンのすぐ上です。そして、それは「目通し仕掛け」の支点とも一緒なのです。

「そうか、なるほど。おそらくこの仕掛けの秘密は、その支点にあるのではないか。とすれば、ここに支点を持ってくれば同じ効果が出るのではないか」と、考えました。

そこで、さっそく、より簡単にできる仕掛けと、机上で足りない脳味噌をひねくり回して考えたのが、下ページの図のようなアホみたいな仕掛けです。要は支点の問題だから、これでいいはずと思ったのです。

ごくらく背バリ

ごくらく背バリ

果たして実際のテストでもこの仕掛けは、はなはだ良好でした。胴締めとまでいかなくても元気なオトリを使えば、胴締め並みに濳るし、他にも多くのメリットがあったのです。

ごく楽背バリのメリット

以下、今まで私がやってみたこの仕掛けのメリットを述べてみましょう。
一、仕掛けがシンプルかつ、作るのも簡単
下図のように、プロサカサ4号にポリエステル50番の糸で小さなチチワを付けるだけだから、誰にでも容易に作れます。1時間に20~30個はできてしまいます。

ごくらく背バリ-作り方 セット

ごくらく背バリ-作り方 セット

二、釣っているうちに背バリが外れるということはまずない
仕掛けをセットしてしまえば、ほとんど固定式になってしまうためです。オトリをどんなに引き回そうと、少々根掛かりしようこのセット状態は変わりません。

三、ノーマル仕掛けに脱着が簡単
装着する場合は、図のように輪をくぐらせばいいし入れ掛かりでノーマルにしたい時はハサミでチョン切るだけ。コストも作りものの手軽だから使い捨て感覚で使えばよいのです。新たに装着する時は新しい背バリを出します。といっても、1日に使う本数は10本足らずで済みます。

四、オトリの潜りがよい
図のように目通しや胴締め仕掛けと同じ支点であるため、引けば自然にオトリが潜るようになっています。ここがたぶん最大のメリットで、ノーマルならオトリを引けば浮くが、これは逆に潜るのです。

実際、ノーマルならオモリを使わなければならない場所でも簡単に入ってしまうし、その入れ方も、直接流れの芯に持っていっても簡単にスイーツと入ってしまう。
さらに、これに金属糸や、オモリを付けると、相当きつい流れでも入ります。

五、オトリが弱りにくい
というよりも、少々弱ったオトリでもこれを使って泳がしている間に、だんだん元気になるということもたびたびあります。これはテコの原理で、引いた力が背バリに掛かるからだと考えられます。まあ、やってもらえば誰でも実感できるはずです。

六、オトリが引ける
通常の背バリなら引けばオトリが流れに対して立ってしまうので、かなりの水圧がかかり引きにくいし、オトリが弱りやすい。そのため、背バリの釣りは、基本的に引き釣りは不可と前記しました。

しかし、この仕掛けは支点が前方にあるため、ノーマル仕掛けと同じようにオトリが引けます。とにかく、引けば入り、かつ、ずんなり穂先に付いてくるのです。

七、オバセた場合もノーマル仕掛け以上の遊泳力

これも支点ゆえで、鼻より支点が後ろにきてぃるため。だから泳がせ釣りにも向いています。もし上流に泳がすことに徹するなら、背バリを打つ位置をもっと後ろに持ってくればより泳ぎます。

八、オトリの泳ぎがナチュラル
これは同じ場所で泳がせ釣りをし、普通の背バリと釣り比べてみた結果ですが、普通の背バリの場合、横に泳ぐにせよ縱に泳ぐにせよ、その目印の動きは割合直線的でした。それに反して、この仕掛けでは、石を縫うように小刻みな左右前後のブレが出ます。それだけ野アユの動きに近い泳ぎをしているような気がします。

以上が、この仕掛けの特徴ですが、この背バリがその効果を最大限に発揮してくれるのは押しの強い瀬での止め釣り、引き釣りだと思います。特にオモリがないと手の出しようのない流れでも、簡単にスイスイというのは、画期的だと我ながら思っています。

■ガンガン瀬での釣り方

そこで、この背バリを使ってのガンガン瀬の釣り方のコッをちょっと述べてみましょう。
そのコッをひと囗でいえば、オモリー号を使っているぐらいの気持ちでオトリを引くということです。つまり、オモリー号を付けた時ぐらいのテンションを穂先にかけて引くのです。

止め釣りの時は、それで狙ったスポットにぴったりと静止します。そこから引き上げる時は、それよりも若干強いテンションをかけてジワッと引くと、オトリはゆっくりと穂先についてくるはずです。

竿角はべ夕竿よりは若干立て気味で引いた方がオトリが流れに水平になるため引きやすいと述べておきましょう。
この釣法は、オトリを泳がせるよりは静止させておいた方がよく掛かる初期の瀬で爆発的な威力を発揮するようです。

ごく楽新釣法

それと、やってるうちに気付いたのですがこの仕掛けには、この仕掛けならではの新釣法もありました。
それは、アホみたいな話ですが、引いた瞬間に掛かることがかなりあるということです。
それに、オトリを送り出し、流れに沈めた瞬間にガッツンということがよくあります。
何か狐にダマされたような掛かり方でちょっと戸惑いますが、恐らくこの瞬間というのは、何らかの誘い効果が自然に出来てしまう
ものと考えられます。

だから、私はこの特性を逆手にとって、オトリが弱ったりアタリが遠くなった時には、オトリをちょっと浮かせては沈めてを繰り返し、よくやります。それで大ピンチから救われることもあるのです。ダマされたと思って試してみて下さい。

伊藤稔(いとう・みのる)
【生年月日】昭和24年6月28日

【身長・体重】身長163cm・体重60kg

【職業】薬局経営

【アユ釣り歴】31年

【友釣りデビューは(いつ、どこで)】25歳の時、岩手県砂鉄川

【現在のホームグラウンド】砂鉄川、那珂川

【主なトーナメント戦歴】全日本アユ釣り王座決定戦優勝1回、準優勝2回
全日本アユトーナメント優勝1回 準優勝 2回、3位2回
ダイワ鮎マスターズ全国決勝 3位2回

【得意な釣り(方)】ヤマメの零釣法

【あなたにとってアユ釣りとは?】
難しいですね。いくら釣っても分からない。

【アユ釣り以外の趣味】
CG(コンピューターグラフィックス)、車

参考文献

・鮎釣り烈士伝―現代アユ釣りを創造(つく)った男たち

・ベーシック鮎読本―ゼロからハイテクまで


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